【3】「リリース&スペース」で自然とあるべき姿に
順風満帆に見える高村さんのキャリアだが、もちろん全てが最初からうまくいったわけではない。伊豆から千葉へと戻り、整骨院を開業して数年。当初は妻と2人で運営していたが、順調に患者が増えてきたことで、ある時スタッフを雇うことにした。「これが失敗だった」と高村さんは振り返る。
「いつのまにか自分がやっている仕事は、自分が好きでやることに決めた10個の仕事のどれにも当てはまらない、人事管理やお金の計算になっていたんです」
この危機を脱出するのに生きたのが、ヨガの「手放す」ことをよしとする考え方だったという。
「昨年9月に、治療スタッフ3人がほぼ同時に独立のために辞めたいと言ってきたタイミングがありました。これを事業の縮小と捉えるのではなく、再び自分がやりたいことに専念するチャンスだと思うことができたんです。すぐに整骨院を縮小し、敷地の半分をヨガスタジオにしてしまうという決断をすることができました」
西洋の文化では足し算の発想が主流だ。健康になろうと思ったら、ジムに通い、サプリメントを摂取し、テレビで取り上げられた新しい健康メソッドにすぐに飛びつこうとする。しかし、人にはキャパシティーというものがある。「足し算の考え方で限られたスペースを埋めてしまっては、何かを成し遂げることなどできない」と高村さんは言う。
逆に何かを失うことは、自分のキャパシティーにスペースを作る。スペースができれば、有益なものは自然と、タイミングよく入ってくる。これがヨガの考え方だ。そう、まるで呼吸のように。
「健康になりたいと思ったら、ジムに通おうとかベジタリアンになろうとか、何か特別なことをする必要などないのです。夜更かしを止め、深酒を止め、儲けるためにあくせく働くことを止めたら、自然と健康になっていく。早起きをしようと身構える必要だってありません。趣味の時間として使っていた夜の2時間を手放して早くに寝れば、自然と早くに目が覚め、結果的に素晴らしい朝の時間を手にすることができるのです」
必要なのはただ「手放す」こと。そしてそのタイミングは自然と訪れるというのが、ヨガの考え方のようだ。
自分らしく生きるためのヨガというツール
『聖なる呼吸』というヨガのルーツを描いた映画がある。この映画を見た高村さんが目を引かれたのは、話の本筋とはなんの関係もない、時間にして数秒のあるシーンだったという。現代ヨガの源流とされるクリシュナマチャリア師が、食べ物がまだ半分近く残っている皿を何の躊躇もなく捨てるシーンだ。
一般的には、出された食べ物は全て食べるのが倫理的・道徳的に正しいことと教わるものだ。だが、「本当にそれは無条件に正しいことだろうか?」と高村さんは問いかける。
「実際に食べ物を捨てるかどうかは別にして、そうしたルールは、自分とは何の関係もない誰かが、その人の体調も体質も身体の大きさも考えずに一様に決めたものでしょう。でも本来、自分にとってその食べ物が必要かどうかは、自分の身体こそが知っているはずです。ヨガの修行をしているクリシュナマチャリア先生は、自然とそれを体現していたのです」
私たちの生活は西洋的な足し算の考え方に支配されている。そして私たちは、支配されていること自体になかなか気づけないでいる。
しかし、自分らしく生きるためには、誰かが決めたそうしたルールに盲目的に従うままでは難しい。そうではなく、自分がどう感じているのか、自分にとって何が必要なのか、自分の身体が発する内なる声に耳を傾ける必要があるだろう。
「ヨガをやっていると、それが容易にできるようになる。その意味で、ヨガは自分らしく生きるためのツールと捉えることもできるのではないでしょうか」
高村 昌寿(タカムラ マサトシ)さん
2008年千葉県酒々井町にルーラル鍼灸整骨院を開院。
4児の父、家族全員が楽しめる「10個の仕事をする」を実践しながら、
整骨院、講義活動、畑仕事など幅広く活躍する。
東京、千葉を中心に全国で、ヨガ解剖学のヨガインストラクター養成講座、整体マッサージや解剖学、東洋医学の講座などの活動を行い、柔らかい物腰と、笑いの絶えないわかりやすい講座は受講者から好評である。→こちら
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